VOICE

既存の資源をいかに活かせるか!
団地再生には、リノベーションの醍醐味が詰まっている!

CREATOR’S VOICE

株式会社星田逸郎空間都市研究所

事業提案競技に応募されたきっかけは何でしょうか。

最初に関わらせていただいたのは、泉北ニュータウンの茶山台団地でした。茶山台団地では大阪府住宅供給公社が色んな取り組みをしていて、その周知を得て立ち上げ期が成功して軌道に乗ってきたという印象があります。香里三井団地は、まだこれからですので次の新しい何かができればと興味を持ちました。新しい展開、違う場所には違う場所なりの社会的課題とか作り出すべきものがあると考えています。すぐ近くの摂南大学で教えていることもあり、この地域に親しみや愛着があってやってみたいという気持ちが湧いてきたのが応募のきっかけです。

団地に対してどのようなイメージを持っていましたか。

私は色々な仕事の中でも、家の集合体、すなわち都市や団地、戸建街区などを扱うことが多いです。その中にあって、5階建ての古い団地を改めて見ると、現在一般に新築されている住宅にはない資源――環境や技術・造形など、ひと時代前の手作り感が一周回って新しい!という感覚を覚えるのです。今の時代、便利さを求めるあまり計画、プランニング、技術が巨大化・単純化する一方で、その間に抜け落ちた価値観みたいなものが団地には残っていて、私たちが忘れてしまったものがそこに宿っていると感じるのです。

20世紀は戦後復興から経済成長に伴い都市人口と核家族が増え、都市も大きく成長していった時代で、住居や建築も超高層マンションなど便利で巨大なものが沢山できました。マンションの機能・壮麗さに対して団地は古く素朴ですが、よく見ると、団地住戸は奥行が浅く、間口は広いです。廊下が無いので南北に沢山ある窓を開けっ放しにすることができ風が通り、部屋の真ん中でも光が差し込み電気を消しても明るいのが特長です。マンションは外廊下があり北側の窓は閉鎖的で、住戸の奥行が長く昼間も電気をつけることを思えば、団地は古いけど未来的だとも言えるのです。今回の香里三井団地の間取りは、窓から風も、光も、風景もたくさん入ってきます。5階建てなので、キッチンで調理しながら外で遊ぶ子どもの様子を見て声をかけることもできます。新しい、古いということより住居として非常に重要な側面を有していると感じています。

住まい方のイメージ、設計段階で気をつけたポイントなど、設計のコンセプトを教えてください。

今回のテーマは、「団地プランを再評価し最新のものに生まれ変わらせる」ことに尽きると思います。京都の町屋とか農村の古民家とか、気持ちの良いようにできていますよね、団地にはそれに通じるものがあると思うんです。部屋が細かく仕切られている団地の“田の字プラン”をどう見るのか。こういったプランは元々、家族が多かった時代に食事のスペースにしたり、寝室になったり、襖や障子で仕切ることでライフサイクルに応じて使い分けることを前提に設計されていました。少子化が進む現代だと広々としたオープンでおしゃれな空間を演出するのも主流ですが、緩やかに使い分けられる田の字プランの奥深い可能性を持たせつつ、戸襖一枚の変化でオープンに自由に使える――というプランも選択肢としてあってもいいと思います。部屋数がフレキシブルなのはライフサイクルに対応でき、長く定住して頂くことが出来ます。

デザインとしては、全部取っ払ってから新しく足し算していく方法ではなく、将棋崩しのように今あるものから引き算していって新しい空間造形を手に入れる、という試みをしています。リノベーションは、今ある“資源”をいかに発掘できるかが大事で、普通では気づかないものを見つけてこそ活かせる!と考えています。今回、対象になっている住棟は壁式構造とラーメン式構造の2種類で、壁式構造の建物は南側に窓が3つ、北側に窓が1つあり南からたっぷり日差しが入ります。ラーメン式構造の建物は、南北にそれぞれ2つずつ窓がある設計になっていて、風通しの良い環境です。それを見ただけで、日当たりの良い縁側のように作ろうとか、町屋の通り庭のようにしようとか、考えるわけです。
また、同じ地域内の摂南大学とタイアップすることで、公社、大学(学生)、地域との繋がりができ新たなくらしの提案ができるのではないかとも考えています。今回は戸襖を心地よいスクリーンに生まれ変わらせる作業を協働できないかと考えています。大学の研究室とともに話し合い作っていくプロセスも公開していきたいと思っています。

ニコイチ「広縁の家」間取り
ニコイチ「広縁の家」イメージパース

ニコイチ「広縁の家」間取り、イメージパース

公社のリノベーションの可能性についてどう思われますか。

団地が50年前作られた当初は、周囲は田んぼが広がっていて緑いっぱいの中に、真っ白な造成地の中に白い箱が建っているだけという風景でした。それが今はどうかというと、田んぼだった周囲はアスファルトとコンクリートだらけの市街地となり、むしろ団地の敷地内には20mに成長した緑が青々と茂り、当時の団地内と周囲の環境が逆転しているのです。今や50年の環境という“資源”を整えた団地は逆に贅沢だと言えます。その環境を取り入れることで大変心地よい家が生まれます。部屋の中を特別にデザインしなくても木漏れ日がそそぐ部屋、気持ちの良い風が吹く部屋、大きな木が見える家など、住まい手にとってはそれが一番よいデザインなのではないかと思いました。

設計の狙いなどその他、こだわったことはありますか。

色々あるのですが例えば、最近ではフローリングを好む傾向にありますが、和室の畳はグローバルにみると逆に新しいものでもあります。外国人用の別荘ホテルでは畳が全てに敷かれその上にベッドやテーブル、椅子がコーディネートされたりもしています。畳の材質も樹脂製のものを使えば水をこぼしてもシミになることもありませんし、フローリングに比べ下階への遮音性にも優れています。

また、団地の住戸内に設置されている部屋と部屋を仕切る“戸ぶすま”の表面の紙を剥ぐと骨組みが出てきます。骨組みだけになると町屋の格子戸のように、向こう側が通々になります。そこに様々な板を張り付けて場所固有のスクリーンをデザインします。区切りながらも隣り合う居住空間との一体感が得られますし、骨組みの一部を板で隠すことでデザイン性のある建具になります。こういった作業を大学生と団地に住む子ども達と一緒にできると良いなとも考えています。団地再生の次のステップにもなるんじゃないかとも思います。住民、公社、大学、設計者と様々な関係者が育み合うことで地域も団地も良くなっていくと感じています。そう言う意味では、ニコイチは、建物だけではなくくらしと社会をデザインしていけるのではないかと考えています。

ニコイチ「通り庭の家」間取り
ニコイチ「通り庭の家」イメージパース

ニコイチ「通り庭の家」間取り、イメージパース

プロフィール

株式会社星田逸郎空間都市研究所
株式会社星田逸郎空間都市研究所

星田 逸郎 / 建築家・都市プランナー(一級建築士)
1958年8月30日 大阪府生まれ
1981年 神戸大学工学部環境計画学科(重村力)卒業
2001年~ 星田逸郎空間都市研究所設立

受賞歴
1995年 第1回福岡市高齢者住宅コンペ最優秀賞/審:斎藤輝二他
1996年 日本建築士会連合会設計競技「元気が出る仮設生活空間」銅賞
     /審:石山修武・重村力 他
1997年 熊本アートポリス阿蘇町農村公園アートプロジェクトコンペ 佳作/審:磯崎新
2002年 国交省・別大国道拠点施設コンペ 最優秀・実施案
     /審:青木茂 他
2006年 JCDデザインアワード入選
2010年 日本建築学会技術部門設計競技
    「建築ストックを活用した新たなビジネスモデルのための技術とデザイン」優秀賞
2010年 都市住宅学会賞 向ヶ丘第一団地ストック再生実証試験
2012年 都市住宅学会賞 グッドデザイン賞特別賞 観月橋団地再生計画
2017年 グッドデザイン賞 府公社茶山台団地ニコイチPRJ